「石けん一つで・・・」の意味を考える

石けん・洗剤関係の情報をながめると、しばしば「石けん一つで・・・」とのフレーズに出会うことがある。悪質だとして目くじらを立てるほどのものではないが、行政の消費者関連部局職員、消費者相談員、また科学志向の消費者リーダー等は、その表現に含まれる問題点を把握しておく必要があると思われるので、以下説明することとする。

「○○一つで・・・」、「××一本で・・・」との表現から、消費者はどのようなことを連想するだろうか。まず第一に@多機能であること、を連想するだろう。確かに、プリンタ・スキャナー・FAX・コピーの複合機、種々の辞書をひとまとめにした電子辞書、DVD一体型のビデオデッキ、4色ボールペンにシャープペンシルの機能もついた複合筆記具など、複数の機能を一つの商品で複数の機能を賄えるものは優れた商品だと考えられる。その多機能から更に連想されるのが、A持ち運びのしやすさや占有スペースの縮小化、B使用時の手間の削減・操作の簡略化、C経済的な節約効果などのメリットである。これらの効果が期待されてこそ、多機能が肯定的に評価されるのである。

例えば、プリンタ・スキャナー・FAX・コピーの複合機を例にとると、4台の設置スペースが1台分で収まり、設定手順等を統一できるので操作が比較的容易になり、それぞれの単独機能製品を買い揃えるのに対して出費を大幅に抑えることができる。それぞれの機能を同時進行で使用する必要のあるヘビーユーザーには不適であるが、個人レベルでの作業では問題ない。この複合機は確かに「○○一つで・・・」の表現で肯定的に捉えられるべきものだ。

では、以上の@〜Cの観点で石けんを評価しよう。

@多機能
「石けん一つで・・・」の表現は洗濯用粉石けんを購入すれば、種々の掃除等にも利用できるということを主張するものが多いようだが、「多機能」の表現には、専用商品と比較してあまり劣らない性能が要求される。さて、専用商品の性質とはどういうものか考えてみよう。開発者の立場を創造して考えてみればわかりやすい。洗剤の開発者のイメージするもの、それはユーザーができるだけ手間を少なく優れた洗浄効果が得られるという場面である。洗浄技術に関連する者からみた面倒な洗浄操作は、例えばゴシゴシ擦るというような人力による操作を基本とする。生活関連の洗浄に関する日本の技術の開発は、洗濯板で衣類を擦り洗いする洗濯操作から人々を解放することを夢見てはじまった。当時の主婦の家事労働時間の相当大部分を占める洗濯にかける手間を削減することを目的として、洗濯機と洗濯機に適した洗剤が開発された。

こびりついたひどい汚れも、十分なマンパワーをかけることができるならば、洗剤・石けん類を用いなくとも相応に除去することは可能だ。ゴシゴシ擦るというような操作を如何に少なくできるかということが、実は洗剤・洗浄剤に最重視される性能なのである。実際、洗浄技術の側面からは、汚れの種類に応じて洗浄剤の種類を変えることは常識中の常識で、そのあたりのノウハウを把握していない洗浄関係業者は、個人的には業者としての資格なしと感じる。現在の家庭用洗剤・洗浄剤は、確かに細分化されすぎて消費者にわかりにくいとの批判を受けている側面もあるようだが、っ「ゴシゴシ擦れば石けんでも大丈夫」とする説明はあまりにも乱暴である。

さて、石けんの「多機能」についての評価であるが、専用商品に比較して同様の効果を得るのに労力がかかることは確かだが、経済的利益やその他の相当に有利な条件があるのならば受容できるレベルの労力であると判断できるであろう。△レベルと評価するのが適当であろう。

A持ち運びのしやすさや占有スペースの縮小化
洗剤は持ち運んで外出するようなものではないので、主として自宅での占有スペースが問題となる。洗濯用石けん一つで掃除まで済ませるならば、一般住居用、トイレ用、風呂用など、別々の洗剤・洗浄剤を購入することもなくスペース的に有利であるかのようにも見える。しかし、石けんを主体に用いる場合、衣類洗濯用粉石けんが2kg入り容器のもの(コンパクト洗剤の2〜3倍容量)が50g/40Lの使用量で洗濯40回分となる。洗濯物の量が多い、また他の用途にも粉石けんを使う等の場合は2〜3週間以内で1箱を消費してしまう。実際、大量購入で割引制度がある石けん製品もあり、占有スペースに関するメリットは石けんについては重要な要素ではない。

B使用時の手間の削減・操作の簡略化
使用時の手間についてであるが、これは2つの側面がある。ひとつは洗剤・洗浄剤類が多種類にわたると、その購入や使い方をみるのに手間がかかるというものである。もう一つは、石けん一つで広く洗濯・掃除等をカバーしようとすれば、酢・クエン酸や重曹等を併用する、またゴシゴシと擦る等の種々の工夫が必要になるというものである。「石けん一つで・・・」と論じる人は、前者の洗剤の種類の多さに起因する手間を強調する。しかし、「石けん一つで・・・」に関連する書籍が売れ、扱うインターネット掲示板で石けん生活に関する相談(石けんの使いにくさをカバーする工夫について等)が多くみられる状況から判断すると、「石けん一つ」の生活スタイルが、実質的な手間を縮小することに結びつくとは考えられないのである。

C経済的な節約効果
「○○一つで・・・」の説明文句で最も関連付けて捉えられるのが経済的な節約効果である。石けんは、この経済的な節約効果において実は非常に不利な商品である。その点を認識せず、「石けん一つで・・・」を肯定的に伝えるようなことがあれば、大げさにいえば悪質商法に加担することに近い問題発言となるので、特に公的立場の人々に注意してもらいたい。

では、まず価格を考えてみよう。容量30Lの洗濯機など今では珍しいが、昔からこの容量が基準になっているので、この容量での使用量・価格等を比較することとする。
合成洗剤:20g/30L、1.2kg=200〜350円、3.3〜5.8円/回
粉石けんA:40g/30L、1.75kg=578円、13.1円/回
粉石けんB:35g/30L、500g=406円、2.1kg=1360円、22.7〜29円/回

粉石けんBは純石けんとよばれるタイプのものであるが、洗濯一回当たりにかかる費用が一般の合成洗剤の実に4倍以上の価格となる。実際、「5万円以上の購入で割引」などという、通常の洗剤類からは考えられない大きな出費を前提とした石けん生活推奨キャンペーン策が展開されている。洗濯だけでも数倍の出費がかさむものを、他の用途にも用いて消費量を増やすことは、決して賢い消費者のとるべき行動ではない。

このような説明に対しては、単純な小売価格の高低だけではなく、環境影響等も配慮せねばならないという意見で反論したいと考える人もいるだろう。しかし石けんと合成洗剤の価格の差は、一度の洗濯に使用する油脂類を主体とした原料費によるところが大きい。単純な価格だけではなく、自動車の燃費に相当する原料の利用効率もまた合成洗剤のほうが上回っている。魚介類等への影響で合成洗剤の方が石けんよりもリスクが大きいとする考え方もあるが、原料の有効利用の点での圧倒的な差を考慮すると、環境を含めた経済性で石けんが一方的に有利だとする根拠は見当たらない。

◆結論◆
結局は「石けん一つで・・・」の表現から一般消費者は石けんのみでの生活に肯定的イメージを抱くであろうが、そこに根拠はない。「○○一つで」との表現を、実質の伴った論理的な表現の一部とみるか、感性に訴える雰囲気的な表現とみるかで評価は分かれるであろうが、筆者はかなり実質的な性能の説明に近い表現だと感じる。一つで済ませることによって何らかの実質的な見返りを期待させ、特に経済的に得をするような錯覚を招く表現だと判断する。

「石けん一つで・・・」の工夫が何も悪いわけではないが、それは従来の一般常識では考えられなかったことができるんだということを示す、ウラ技のようなものである。それを楽しむのは良いが、行政関係者や消費者リーダー等が積極的に推進する対象ではない。雰囲気に流されて、価格感覚、その他の冷静な比較検討ができない状況に陥るレベルでは、今後の消費者に望まれる、LCA、人体・環境リスク、経済への影響等を総合的に考慮した意思決定など遠い夢となってしまう。

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 大矢 勝 (2006.1.22)