石けんの生分解に関する誤解

「丸一日で完全に水と炭酸ガスに分解されるので、環境への影響はほとんど心配ありません」との説明。これは自宅に配布された広告に記載された洗濯用石けんの説明。これは、ある共同購入グループの製品である。以前洗浄力試験を行ったとき各種石けん・洗剤類の中でもかなり良好な結果を得たことがあり、脂肪酸の割合を調整して安定な製品を作る工夫等も評価に値し、商品としてはとくに問題があるとは思わないが、広告文には一言注文を付けておきたい。

後半部の「環境への影響はほとんど心配ありません」については特に問題はないと思うが、前半部の「丸一日で完全に水と炭酸ガスに分解される」との説明に問題がある。これは、生分解に関する消費者情報の混乱が原因しているものだが、関係者には是非対処を願いたい。

生分解とは何を意味するのか。私も今まで洗剤の環境影響等で色々と発言してきたが、その中で洗剤の生分解性や魚毒性についてはなかなか理解しがたい部分があった。そこで数年前から自身の研究室で色々と確認試験を行ってきた。そして、一般の消費者レベルではなかなか理解されにくい生分解性、魚毒性について注意すべき点をいくつか知ることができた。

界面活性剤の生分解性について、まず注意すべきことは「生分解」とよばれる現象に段階があるということを理解することだ。有機物はバクテリアによって分解されると、その大部分は確かに水と二酸化炭素になるが、これは分解の最終的な局面でのことであり究極分解という。その前段階として、界面活性の全てまたは大部分を失う段階、呈色反応で界面活性剤として検出できなくなる段階などがある。

例えば微生物によってどれほど有機物が分解され、その際にどれほどの酸素を消費するのかをみるBOD試験というものがあるが、その際に微生物の調子が適当か否かを糖分(グルコースなど)やアミノ酸(グルタミン酸など)などを用いて試験する。5日間で70〜80%程度の分解率が得られれば適切だとするものであるが、このパーセンテージは究極分解を100%として換算した場合の数値である。よって、1日で100%完全に究極分解するということは、よほど特殊な条件でなければありえないことなのだ。河川や湖での生分解、また通常の下水処理等で1日で究極分解というのは考えられないことだ。

かといって石けんがいつまでの界面活性を持ち続けるかといえばそうではない。適性レベルの微生物の存在する水中では、速やかに界面活性を失うことになる。いわゆる一次分解に丸一日あればゆとりをもって達する。特に大量の水で薄まると金属石けんに変化して瞬時に界面活性を失う。しかし、これは究極分解ではない。形が変わるのであって、水と二酸化炭素に分解してしまうというのではない。

ここで、界面活性剤の生分解率を表す手法に関してかなり誤解されている部分があるので説明しておきたい。界面活性剤の生分解に関連する試験は、主として2種に分けられる。その一つは、バクテリアによって有機物が分解される際にどれほどの酸素を消費するのかをみるBODを指標とする試験であり、もう一つはバクテリアによる分解過程で界面活性剤の濃度がどのように変化するのかをみる試験である。

例えばBODを指標とした生分解率が50%であったとしよう。これは、その物質が完全に水と二酸化炭素に分解される場合を100%として算出した生分解率である。以前の私もそうであったのだが、ここで大きな誤解が生まれる。「生分解率50%」から、界面活性剤の50%が分解され、界面活性剤の50%がそのまま水中に残存するかのようなイメージを抱いてしまう。しかし、これは間違っている。50%の生分解率(BOD)を示す状態では、もとの界面活性剤として残っているものはごく僅かであり、大部分は分解中間生成物質に変化している。一般の界面活性剤はこの初期の生分解が進むと界面活性が大幅に低下する。生分解率(BOD)が0%から僅かに立ち上がりかけた時点で界面活性の大部分を失うものもある。

界面活性剤の濃度変化をみる試験法では、対象とする界面活性剤に馴化させたバクテリアを含んだ水中に界面活性剤試料を入れ、水中での界面活性剤の濃度の変化をみて生分解率を算出する。そこで出た数値は本来「生分解率」からイメージされるものだけではなく、「除去率」と表現した方が適切であろう吸着等で消失する分も含まれる。もしこの方法で石けんの試験を行うならば、バクテリアの成長ためにカルシウム、マグネシウム等を十分に含んだ水溶液を用いるため、石けんの大部分が金属石けんに変化してしまい、瞬時に水中の石けん分は消失してしまう。固形物を除去した水中の濃度を指標とする試験法では、石けんはたちどころに生分解率が100%程度に達してしまうのだが、ここでいう生分解率は水と二酸化炭素に分解されることを意味するものではない。水中に溶解する石けんが消失することを意味する。

日本ではLASが生分解性が低いものとして悪者扱いされる場合が多いようだが、界面活性剤の濃度を指標とする上記の生分解試験ではLASは速やかに分解が進行し、数日でLASのままで水中に存在するものはほとんど消失し、確かに生分解率100%近くの値を示すようになる。しかし、LASはBODでみる生分解率の上昇が非常に遅く、実験条件によっては1か月たっても分解率が50%程度で留まる場合もあり、「1か月たっても残っている」との悪いイメージを抱かれる。

しかし、石けん(金属石けんを含む)とLASを同じ土俵で試験した場合、下水汚泥や海底泥、下水処理場への流入水と放出水等の環境中での残留量はLASよりも石けんのほうが多いとする調査結果が欧州を中心に発表されている。また大雨の後に東京湾に浮かぶ白色固形物(オイルボール)は下水管中の堆積物であり、その主成分が脂肪酸であることが以前マスコミで話題に上ったことがある。水に溶解した石けんや分散状態の金属石けんは速やかに生分解が進むが、凝集状態の金属石けんや水不溶の脂肪酸になったものは生分解性がLASに比較して優れているとはいえない。但し、金属石けんも脂肪酸も、あくまでPCBのような難分解物質と並べて敵視されるような代物ではない。使用方法や使用量が適性であれば、特に問題のない易分解性物質であることに変わりはない。

以上のように、石けんは環境に特に悪影響のない商品として扱うことに問題はないと思われるが、生分解に関して「丸一日で完全に水と炭酸ガスに分解される」と表現するのは、商品表示に求められる科学的根拠の側面からも、また消費者に与える「生分解」のイメージからも問題があるのではないだろうか。

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 大矢 勝 (2006.1.11)