[6]合成洗剤有害説の全体像

大矢勝:2004.10.7]

合成洗剤有害説を見る場合、国際的に認められた有害論と日本及び日本の影響を受けた地域で取り上げられるローカルな有害論に分けられます。また、ローカルな有害論の中には環境問題関連の話題と人体への毒性に関連する話題に分けられます。

◇国際的に認められた有害論
国際的に認められた合成洗剤の有害論としては、ABSの発泡問題、リンによる富栄養化問題、APEの環境ホルモン問題の3つの話題が挙げられます。いずれも科学的に問題の根拠が示されており、その対応策が講じられています。

1)ABSの発泡問題
1950年代に英国、ドイツ、米国等で下水処理場や河川での発泡問題が注目され1960年代に対応策が練られるようになりました。日本でも1961年に話題となり、1960年代~1970年代にかけて対策が講じられました。

これは、ABS(分枝鎖型アルキルベンゼンスルホン酸塩)という界面活性剤による問題で、このABSが微生物によって分解されにくく、いつまでも界面活性を保つために下水処理場や河川での発泡現象の原因となりました。生分解性が低いのは、ABS分子の疎水基(アルキル基=炭化水素鎖)がプロピレンを重合してできたテトラプロピレンという枝分かれのあるタイプになっているためです。微生物はアルキル基を分解する際に2つの炭素ごとに取り外していくのですが、アルキル基に枝分かれがあるとそこで分解がストップしてしまいます。

解決策としてアルキル基を直鎖型のものに変える措置がとられ、発泡問題は一応解決しました。改良されたタイプがLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩)と呼ばれるもので、ABSをハード型、LASをソフト型と呼び、ABSからLASへの転換をソフト化といいます。

2)リンによる富栄養化問題
合成洗剤の性能を向上させる助剤の代表的なものにトリポリリン酸ナトリウム(STP)などの縮合リン酸塩があります。縮合リン酸塩は、水の硬度成分のカルシウムイオンやマグネシウムイオンを補足するキレート作用、アルカリ緩衝作用、汚れの分散作用などがあり優れた洗浄助剤です。しかし、リン分が湖沼等に流れ込むと、植物プランクトンや藻類が増殖して水環境を悪化させます。

日本では1970年代にこの問題をめぐって大論争となり、結果的にはリンを含む合成洗剤は追放すべきだとする消費者運動が勝利し、1980年より洗剤の無リン化が始まりました。そして現在では日本の合成洗剤はごく一部地域を除いて無リンが当然のこととなっています。欧米では現在も洗剤に関連する環境学習に際して「リン分の含まれていない洗剤を選択しましょう」との内容が中心的に扱われている状況であり、日本は洗剤の無リン化に関しての世界の優等生になっています。

3)APEの環境ホルモン問題
APE(アルキルフェノールエトキシレート、ポリオキシエチレンアルキルフェノールエーテル)は環境ホルモン問題で話題になる界面活性剤です。APEが下水処理場や河川・湖沼等で微生物によって分解される際に中間生成物としてAP(アルキルフェノール)が生じますが、この物質に環境ホルモン作用が認められています。APEは油の洗浄力が優れているのですが、生分解性も比較的悪く、家庭用洗剤類には用いられることはほとんどなく、主として工業用洗剤に用いられてきたものです。しかし、環境ホルモン問題をきっかけに、世界中で使用が制限されつつあります。

このAPEの環境ホルモン問題は英国の河川でのニジマスやローチ(コイ科の一種)のメス化現象をもとに疑惑がかけられたのですが、当の英国の魚類のメス化現象についてはAPよりも、動物の排泄物由来の女性ホルモンの影響の方が圧倒的に大きいとする説が優位になっています。APは実害は認められていないのですが、実験室的に高濃度で環境ホルモン作用が認められたので使用を控える対象物質となっています。

◇環境関連のローカルな有害説
国際的にはほとんど注目されていないのですが、日本の中では注目を集める合成洗剤有害説があります。ここではその概要を見てみたいと思います。

1)環境問題関連の話題
環境問題関連の話題としてみられる合成洗剤有害説には、合成洗剤の生分解性が低い、合成洗剤の魚毒性が高い、合成洗剤は下水処理場へ悪影響を及ぼす、等の主張が見られます。

[生分解性関連]
合成洗剤の生分解性についての指摘は、主成分である界面活性剤の生分解性が石けんに比べて劣るというものです。但し、生分解性という言葉には2つのレベルの意味が含まれています。一つ目のレベルは環境中に排出される合成化学物質として許容されるか否か、二つ目のレベルは分解される速度が相対的に高いか低いかというものです。合成洗剤に含まれる界面活性剤は、この一つ目のレベルのハードルはクリアしています。PCB等が難分解性であるとされるのは、この一つ目のレベルをクリアできないためです。発泡問題の原因となったABSを除いて、一般に用いられている界面活性剤は、この一つ目のレベルの生分解性については問題ありません。二つ目のレベルに関しては、実験室的に求められる石けんの生分解速度は高いのですが、合成界面活性剤には石けんと同等の生分解速度であるものから生分解速度の低いものまで様々です。但し、実際の環境中では石けんは金属石けんとなり生分解速度が著しく低下します。たとえば、LASは比較的生分解速度が低いとされていますが、欧州発の研究成果として下水汚泥中にはLASよりも石けん分のほうが残留しやすいとの傾向が発表されています。

[魚毒性関連]
合成洗剤の魚毒性は一般に石けんに比較して高くなります。それは、少量で効果のある界面活性剤を使用していることと、石けんが水中の硬度成分と結合して水に不溶性の金属石けんに変化するためです。但し、界面活性剤のリスクは、どのレベルまでの濃度が許容されるかという最大許容濃度と、実際の濃度はどの程度かという予想環境濃度を比べて使用が許容されるか否かを判断することになりますが、その方法によると現在用いられている界面活性剤には問題がないとされています。

いずれにしても、石けんに比べて直接的なリスクが高い傾向にあることは確かですが、実験室レベルでの魚毒性試験は水の硬度成分の影響はそのまま受けるのですが、浮遊物質や底質への吸着現象が考慮されないという、合成界面活性剤にとっては非常に不利な条件で得られた結果であることは考慮する必要があるでしょう。

[下水処理場への影響]
合成洗剤が下水処理場に悪影響を及ぼすという説がありますが、その元情報は三島市による下水処理場の実験による結果です。団地の住民に合成洗剤と石けんを切り替えて使用してもらい、その際の下水処理場の状況を調べたという結果です。しかし、この実験は、住民に合成洗剤を使用してもらった後、石けん使用時には他の汚れ物を下水に流さないように、また使用推量を節約するようにとの説明を加えて得られた結果です。合成洗剤から石けんに切り替えると、通常は有機汚濁負荷が増えてすすぎのための使用水量が増えるはずですが、この実験では石けんに切り替えたことによって有機汚濁負荷の総量と使用水量が減ったとしています。よって、この結果は合成洗剤と石けんを比較した実験とは到底認められません。

なお、実験室レベルでの研究結果では、特に合成洗剤と石けんで下水処理に及ぼす影響に大きな違いは認められていません。

2)人体への毒性に関連する話題
[人体蓄積性]
合成洗剤の成分、主として界面活性剤が人体に蓄積するという説が有害説の中でよくみられます。PCB、ダイオキシン、DDT等の難分解性の油性の化学物質は生体内に蓄積したり、食物連鎖の過程で濃縮されることが問題視されるのですが、これと同様の物質として界面活性剤が取り上げられているのですが、これらの情報は根本的に間違っています。界面活性剤は生体内に取り込まれても速やかに排出されることが実験的に確認されています。またLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩)、AS(アルキル硫酸塩)、AE(アルコールエトキシレート)などは生体内で代謝され、AEにおいては呼気中に元素が含まれるとの研究報告があります。また、APE(アルキルフェノールエトキシレート)を除いて、大部分の界面活性剤は代謝時の中間性生物の毒性が急激に低下し、またより体外に排出されやすくなるため、体内への蓄積性で問題視する必要はほとんどありません。

[急性毒性、慢性毒性]
殺菌剤等の配合された洗剤類は別ですが、一般の洗剤類の毒性は含有される界面活性剤が問題視されます。合成洗剤の主成分として使用されている界面活性剤の哺乳類への急性毒性は一般に1000mg/kg以上です。先に示した脂肪酸の急性毒性が○~○mg/kgですから、特に問題視するほどのものではないでしょう。また、世界中で50年近く使用されてきたものであり、誤飲に関する臨床的情報も多く収集されていますが、界面活性剤は誤飲しても嘔吐で排出されるもので、その毒性が元で死亡したとされる事例は一般に知られていません。

慢性毒性についても野菜等を合成洗剤で洗うという条件で設定した最大摂取量と一日最大許容量を比較しても十分な安全率が得られています。経口摂取や経皮摂取等を想定した慢性毒性に関する悪影響については特に問題があるとは認められていません。

これらの急性毒性や慢性毒性に関する合成洗剤有害説は、基本的に量的な部分に全く触れていない、または量的な部分をごまかして有害性を強調しています。

[発ガン・発ガン補助性]
発ガン・発ガン補助性に関連する合成洗剤有害説は、合成洗剤に含まれる①界面活性剤の発ガン性、②界面活性剤の発ガン補助性、③蛍光増白剤の発ガン性、の3つがよく取り上げられます。発ガン性とはその化学物質自体がガンを生成する原因となる性質、発ガン補助性とは発ガン物質の発ガン性を増進するはたらきを示します。

まず、①の界面活性剤の発ガン性を主張する有害説は、完全な知識不足による誤情報です。合成洗剤批判論は様々なレベルで展開されていますが、このレベルは最低レベルと判断してよいでしょう。②の発ガン補助性は実験的に認められる部分もありますが、合成界面活性剤に限った性質ではなく、石けんについても十分に考えられる性質です。要は、油性の発ガン物質を分散して体内への吸収をよくする作用が発揮されるわけで、合成洗剤中の界面活性剤は無論のこと、石けんや、体内の天然界面活性剤である胆汁酸にもこの作用は期待できます。洗浄力を発揮する程度の高い濃度でなければその効果は期待できないので、実生活レベルで心配する必要はありません。

③の蛍光増白剤については過去に、蛍光増白剤+非常に浸透性の高い溶剤+地球上ではありえないレベルの紫外線の組み合わせで発ガンがあったとする研究結果を元情報としていますが、その研究発表者自ら実際のレベルでの危険性を否定する旨の訂正論文を出しています。この、訂正論文を知らない、または無視した立場からの危険説です。

[催奇形性]
催奇形性は妊婦がその化学物質を摂取すると奇形児出産につながるとする性質ですが、1970年代に日本で合成洗剤の催奇形性をめぐる大論争がありました。三重大学医学部の三上氏が合成洗剤の催奇形性を示す研究を多く報告したのですが、その他の研究者からはそれを否定する研究が発表されました。そこで、三上氏を含めた4大学で全く同一の実験を行うプロジェクトを実施し、当初主張されていた合成洗剤の催奇形性は公的に否定されました。

よって、合成洗剤の催奇形性について心配する必要はありません。現在、この催奇形性をもとにした合成洗剤有害説は、合成洗剤否定派の中でもあまり取り上げられることがなくなっており、特に科学的知識を重視する立場からは否定的に捉えられています。この催奇形性を元とした合成洗剤有害説も、情報収集力や科学的レベルにおいて相当に低いレベルの情報発信者によるものであると判断できます。

[肝臓障害]
合成洗剤に含まれる界面活性剤が肝臓障害の原因になるとする情報も見受けられますが、これは、まさに数量感覚が欠如している、又は恣意的に数量感覚をごまかしている人物により発信された不良情報です。[急性毒性・慢性毒性]の項で説明しましたが、化学物質のリスクは、最大摂取量と最大許容量の関係で求めます。最大許容量はそれ以上摂取すると悪影響が現れる摂取量であり、慢性毒性試験によって得られます。その悪影響として成長不良、肝臓障害、生殖障害、その他様々な症状が現れるのですが、その一つの症状である肝臓障害を取り出し、上記の最大摂取量を無視して話をつくりだせば「合成洗剤が肝臓障害の原因」などというとんでもない結論が導かれます。

「合成洗剤が肝臓障害の原因」との情報から、一般には通常の生活でも肝臓傷害の危険性があるのではないかという不安を抱きますが、通常の生活での危険性は、「慢性毒性」の研究として別項目で確認され、その危険性が否定されているのです。その量的問題を無視して、危険性を強調するのは卑劣なやり方です。なお、不味いことに専門家レベルでは、この肝臓障害は否定すべき対象にも入っていませんので、肝臓障害を否定する情報がなかなか見当たりません。そこで、合成洗剤の肝臓障害に関連する情報は量的には多くないのですが、肝臓障害に触れているものは大部分がその有害性を肯定する情報になっています。

[皮膚障害]
合成洗剤による皮膚障害に関する有害説の問題は、合成洗剤には様々なものがあることを無視していることです。化粧品関連も合成洗剤に当てはめるとすると、合成洗剤には石けんよりも皮膚刺激性が強いものから弱いものまで、非常に幅が広いものです。そこを無視して石けんv.s.合成洗剤との尺度で皮膚への影響を述べるのが無理なのです。なお、皮膚障害に関しては、一次刺激性接触皮膚炎とアレルギー性接触皮膚炎の違いなどの注意点があり、合成洗剤と石けんのどちらがよいといった決め付けは危険です。

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