「洗浄・洗剤の科学」解説コーナー
【Ⅱ.界面活性剤】

1.界面活性剤の基本構造と性質

1.1 水と油のモノサシ

横浜国立大学教授 大矢 勝
E-mail:moya@=@ynu.ac.jp (←@=@を@に変更してください)

界面活性剤の構造やはたらきを学習する際、「水と油のモノサシ」の概念を身につけることがその理解に役立つ。これは界面活性剤関連だけではなく、一般の洗浄についての非常に重要な基礎知識にも位置づけられる。ここでは、この「水と油のモノサシ」について整理することとする。

水と油はお互いに相容れない、相性の悪いものの代表例として日常語で使われる組み合わせであるが、実は化学の世界でも水と油はお互いに相性の悪い組み合わせとして重要な意味を持っている。上図のように水と油のモノサシを想定すると、最も水っぽい物質は、当然「水」になる。水によく溶解するものは水っぽい性質であると考えてよい。水っぽい性質とは、水と交わりやすい性質である。食塩や砂糖などは水によく溶けるので水っぽい性質である。

一方、油には機械油、てんぷら油、ラードなど色々な種類があるが、一般の油の中で最も油っぽいものは石油などの鉱油である。動植物油脂は水か油かといえば当然油っぽい性質の物質に分類されるが、鉱油に比べると、やや水っぽい性質をもっていると考えることができる。油の一種に脂肪酸と呼ばれるものがある。これは油の中でも、かなり水っぽい性質が多くなった物質である。この脂肪酸は一般の油脂・脂肪が酵素等で分解されてできる物質であり、私たちの体内でもリパーゼとよばれる消化酵素が油脂を脂肪酸に分解している。また、この脂肪酸は私たちの皮膚表面を覆う皮脂膜にも多く含まれており、皮膚表面を弱酸性に保って細菌から身を守るのに役立っている。汚れ成分としては下着等に付着する人体由来の油汚れの1/3~1/4程度の割合を占める。よって、皮脂汚れは食用油脂等の汚れよりも、水系の洗浄で除去されやすい。また、このモノサシ上で水と油の中間的な位置にある代表的な物質としてアルコール(エタノール)が挙げられる。水にもよく溶け、かつ油を溶解することもできる。但し、アルコールはアルキル基の大きさや-OH基の数などによって、このモノサシ上の位置が変化する。

この油の性質と水の性質は分子構造から概念を理解することができる。水の分子式はH2Oである。油の代表選手の構造はアルカンとよばれる炭化水素でである。アルカンは、下図のように炭素と水素からなる化合物で石油に多く含まれている。アルカンは一般式としてCnH2n+2で表され、炭素数が1だとメタン、2がエタン、3がプロパンというように、よく耳にする名称の物質が並んでいる。このように、炭素と水素からなる構造が油の性質を発現する化学構造なのだと考えればよい。

一方の水の性質を示す化学構造は、まず水分子に含まれる構造である酸素と水素の結合の-OHという構造が挙げられる。電気的性質の+1価の水素と-2価の酸素が電子の貸し借りを行って、H2O分子として安定しているはずだが、実際にはH2O分子の中のHは+の電気的性質をOは-の電気的性質を残しており、H2O分子としては磁石のような陽極・陰極の性質が残っている。このような性質を分子の「極性」と呼ぶ。極性は分子中の-OHの他、-NH2、-COOHなどの構造で発現し、また水中でイオン化するものはこれらの極性を有した分子構造と非常に相性よく交わりやすくなる。食塩の水っぽい性質は、食塩が水中ではNa+とCl-のイオンになるためで、砂糖の水っぽい性質は砂糖の分子構造に-OHが多く含まれるからである。
ここでアルコールが水と油の両方に交わりやすいことを分子構造との関連で見てみる。エタノールはC2H5OHである。C2H5の部分は炭素と水素からなる炭化水素であり、油の性質を示す構造そのものである。一方、-OHは水の性質を示す構造である。そのために、エタノールは水と油の両方に交わりやすい構造ということになる。

さて、以上の水と油の性質と洗浄を結びつけて考えるとどのようになるだろうか。洗う液体と汚れとの組み合わせで考えてみよう。洗う液体として水っぽい液体と油っぽい液体、そして汚れとして水っぽい汚れと油っぽい汚れを想定する。具体例として、水っぽい液体は「水」そのものでよいだろう。油っぽい液体といっても思い浮かびにくい方もいるかもしれないが、しみ抜きに用いるベンジンなどは油っぽい液体の代表選手である。汚れに関しては、水っぽい汚れとして食塩、油っぽい汚れとして食用油を想定する。
すると、次の4つの組み合わせができるのだが、それぞれに汚れが落ちやすい場合を○、汚れの落ちにくい場合を×をつけてみた。

水   -食塩  ○
水   -食用油 ×
ベンジン-食塩  ×
ベンジン-食用油 ○

食塩は洗剤などを用いずとも水洗いだけで十分に除去できる。この食塩が主体の汚れであるしょう油や汗(汗をかいた直後の汚れ)も同様に水洗いだけでよく除去できる。一方、ベンジンでは食用油などの油性汚れをきれいに除去することができる。
一方で、水では油汚れを除去することは困難である。また、ベンジンで食塩を除去することも困難である。実はドライクリーニングにはベンジンと同様の溶剤が用いられている。水でぬらすと傷んでしまう素材を、油性の溶剤で処理することによって痛みを抑えるのがドライクリーニングなのである。家庭洗濯で除去が困難な油汚れをきれいに除去してくれるので、ドライクリーニングは家庭での洗濯よりも汚れ落ちが良いと感じている方も多いかと思われるが、実は家庭洗濯では問題とならないような水溶性の汚れがドライクリーニングでは弱点となる。

さて、上記のような観点から家庭洗濯における洗剤の意味、特に主成分の界面活性剤の意味について考えてみよう。家庭洗濯では水溶性汚れは大きな問題とはならない。最大の問題は水で除去が困難な油汚れである。この油汚れを除去するために水に油の性質を与えてやるというのが、実は洗剤中の界面活性剤の最も重要な役割なのである。もちろん油汚れ以外の汚れに対しても界面活性剤は種々の効果を示し、「水に油の性質を与える」という表現自体、厳密にいえば問題を含んでいる。しかし、洗浄における界面活性剤の役割を最も簡単に示すために、「水に油の性質を与える」という表現でその第一歩を理解すると、界面活性剤の作用についてより深いレベルで考えていく際に役立つであろう。
(2009.1.15)

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