PRTR候補から石けんが外れた?(2008.7.9)

オレイン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムがPRTR対象物質の新候補に挙がっていましたが、それがどうなっているのかWEBページを覗いてみたらら、6月18日の専門委員会で対象から外れたようですね。
http://www.env.go.jp/council/05hoken/y056-04/mat02.pdf
石けんがPRTRの対象に…となると、相当な反発が出るとは思っていましたが、あっさりと引っ込められた模様です。何というか、個人的には少し残念に思います。その理由は・・・

(1)公平性に関して
もともと、界面活性剤がPRTRの対象物質になった経緯との関連で矛盾しています。PRTR対象となった化学物質は一種の特別扱いになり、たとえば私の研究室でも試薬のLASやAEは厳重に管理しないといけません。一方で、それらを主成分として含む商品の洗剤類は家庭排水に流しています。ここに何とも言いようのない違和感を抱くのですが、しかし規則として定められたものだから、という理由で納得します。一応の毒性試験結果があり、それがある一定以上の生態毒性値(実験室レベル)を示し、そしてその化学物質が大量に使用されているなら、使用実態の把握のためにも役立つ。だから、否定的に捉えず、肯定的に考えるべきと。
そして、同様の尺度から判断すると、石けんも引っかかっててしまいます。そこで、石けんの成分のオレイン酸ナトリウムとステアリン酸ナトリウムが対象候補に挙げられました。しかし、今回対象から外れたようですが、その理由が「ステアリン酸ナトリウムとオレイン酸ナトリウムは環境中で不溶性であるカルシウム塩となり、カルシウム塩の水溶解度限界までの濃度において毒性の発現がないと考えられ、生態毒性をクラス外に修正します。」とのこと。
ちょっと待ってほしい。石けんの毒性試験は蒸留水で試験されたものでしょうか?一般の硬度の水ではありませんか?確かに100ppm超えの硬度の水では石けんの毒性は著しく低下しますが、20ppm程度の水なら他の界面活性剤と比べても毒性は低くはありません。日本にはこの程度の軟水地域も多いはず。それを「環境中でカルシウム塩に」と一蹴とは…。
研究室レベルでの実験結果ではなく、実際の環境中での動態を重視するというなら、一般のLASやAEなどの界面活性剤もほとんど問題のないことは、関係研究者ならよく知っているはずです。環境中に排出された界面活性剤は底質や浮遊物質に吸着してしまい、水生生物に攻撃を仕掛ける分なんてほとんど残っていません。しかし、多量に使用する化学物質については同じ尺度で評価するという大前提に従って、それらの界面活性剤はPRTRの対象となったはず。今回、ASやAESも対象に加えられるようですが、この流れでは界面活性剤の中で石けんのみを特別視していると判断せざるを得ません。実験室レベルでの毒性試験結果と環境中での濃度(または使用量)との関連から単純に決めるのか、あるいは実際の環境中での動態も考慮して決めるのか、どちらかに基準を統一すべきです。
今回の流れだけをみると、その決定の段階において何らかの圧力に屈したという疑念を抱かざるを得ません。

(2)石けん技術の開発に関連して
日本の石けんの技術開発は、決して好ましい方向に進んでいるとは思えません。技術開発はほどほどに、むしろ「石けんは安全だから純分の高い石けんが良い」とか「石けんの有害性はゼロだからいくら使っても良い」とか、とんでもない主張を繰り出す業者が成功する傾向にあります。石けんの使用量を減らす工夫や原材料に関する工夫を地道に行っているところは、どちらかといえば苦戦している模様です。
今回、もしも石けんがPRTR対象に指定されれば、ここに大きな技術開発の芽が育つと個人的には期待していました。しかし、その望みは絶たれた模様です。
石けんの最大の利点は何でしょうか?金属石けんになって魚毒性がなくなる?そんなのは長所としては小さなものです。最大の長所は原料油脂から小規模に比較的簡単に製造できるということ。途上国などで、ローカルな地域での製造・販売・使用の枠組みが可能だということです。もしも、そこに少量の添加剤などで石けん自体の使用量を減らせるとしたら…。合成洗剤が全世界で使われるというのは無理で、石けんに頼らざるを得ない地域も多くあるはずですが、その使用量をできるだけ少量に抑える技術の開発が求められます。
私は日本の石けん会社がその役割を担うべきと考えてきましたが、残念ですが、今回そのチャンスを失ったように思います。石けん以外の界面活性剤はPRTR対象に、石けんだけは聖域ということで、石けんを製造・販売する業者は使用量の節約のための技術開発などには目を向けず、益々非科学的な情報操作体制に陥っていくことでしょう。「石けん以外は全て悪」の考え方は石けんの開発を阻害してしまい、まじめに技術開発などに取り組む石けん会社など、消費者からの支持も得られず原料高騰の波に耐え切れずつぶれてしまうことでしょう。
過去の事例から、きびしい規制等の荒波にもまれると、その業界は競争力をつけることがわかります。一時的には非常に厳しい状況に置かれても、環境対応型の技術を高めていくという方向性は、今後益々要求が厳しくなる環境への対応に先行することを意味します。残念ですが、石けん業界は、そのチャンスを逃してしまったと考えられます。「石けんも使いすぎはよくない」「石けんの真の環境影響や人体への影響は?」「石けんの新たな長所をアピールするには?」そういう視点から石けんを改善するという機会が消失したように思えます。

「多分無理かな」とは思いつつ、「ひょっとすると・・・」と心の奥では期待していましたが、石けんのPRTR対象物質への仲間入りが流れてしまい残念でした。もし入っていたら、日本は世界一洗剤に厳しい消費者環境ということで他国をずっと引き離すことができたはず。せっかくのPRTR、石けんが抜けるのは痛いですね。10年後には石けん会社といえば、怪しげな会社だけが残っている・・・というようなことにならなければ良いのですが。

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大矢 勝