【4】 酸で金属汚れを落とす仕組み (ver.20160513A)

(1) カルシウム汚れや鉄さびはアルカリ性の汚れだから酸で中和する?
 カルシウム汚れや鉄さび汚れは金属汚れと呼ばれ、一般に酸を用いて洗浄することが多いのですが、洗浄の「酸・アルカリ中和説」では、カルシウム汚れや鉄さび汚れはアルカリ性の汚れなので、酸で中和して除去すると説明されています。しかし、これも間違っています。pHの低い・高いで識別する酸とアルカリの中和であるなら、酸の種類に関係なく酸を作用させれば金属汚れは除去されるはずです。しかもpHの低い強い酸ほどその効果は強いはずです。
しかし、実際には金属汚れの除去の場合、pHの強い酸の除去力が強いとは言えません。汚れの種類によって適した酸は異なります。また処理した後、厄介な汚れが析出して問題が大きくなるといったこともあります。金属汚れ除去の酸の利用に関しては「中和」という考え方は放棄したほうが良いと思います。

(2) 酸の強さは関係無い?
 まず、実際の酸の用途から見ていくこととしましょう。カルシウム汚れに対しては塩酸、酢酸、クエン酸などが適しており、鉄さび汚れには塩酸、シュウ酸、リン酸が適しています。塩酸はカルシウム汚れ、鉄さびともに効き目がありますが、これは酸の度合いが強いためでしょうか?それも一理ありますが、塩酸よりも強い酸である硫酸はどうかというと、鉄さび汚れに対してはそれなりの効果がありますが、カルシウム汚れに対しては全く効き目がありません。強い酸というのは、それだけ使用時も危険性が伴い洗浄対象をも傷つけるリスクが生じます。硫酸は、強酸だから非常に扱いにくいのにカルシウムを落とすことができない。ということで硫酸は洗浄剤の成分としてはあまり用いられていないのです。カルシウム汚れを取り除くことに関しては、弱酸である酢酸のほうが強酸である硫酸よりもずっと優れているということになり、単純な酸とアルカリの中和反応というロジックでは説明できない部分が非常に多いのです。

(3) カルシウムに強い酸
 一般に水道水や地下水等の中にはカルシウムイオンとマグネシウムイオンが含まれますが、これらの含まれる割合を水の硬度といいます。炭酸カルシウム(CaCO3)換算での含有量をppm単位で表す場合が多く、たとえば50ppm未満が軟水、50〜100ppmがやや軟水、100〜200ppmがやや硬水、200ppm以上を硬水として分けることができます。日本の場合25〜50ppm程度の軟水地域が多いのですが、欧州では300ppm程度の硬水地域が多くなっています。
 これらのカルシウムイオンやマグネシウムイオンは2価の陽イオンですが、水に溶解している場合は炭酸水素塩としてCa(HCO3)2の形で存在する場合と硫酸塩CaSO4や塩化物CaCl2の形で存在すると考えれば分かりやすいです。これらの形が水に溶けやすい代表的なタイプなのです。しかし、炭酸水素塩は煮沸することによって水分子H2Oと二酸化炭素CO2が外れて、水に難溶性の炭酸カルシウムCaCO3に変化します。だから湯沸しポットでも白色の水垢汚れが付着しやすいのです。水周りでは同様の反応が時間をかけて起こって水垢の原因になっていると考えられます。
 さて、この炭酸カルシウムや炭酸マグネシウム等の水垢汚れを除去する場合、塩酸や硝酸、スルファミン酸、酢酸、クエン酸、乳酸等が溶解力のある酸に挙げられます。基本的に、溶解後に生成される塩を予想し、その塩の溶解度が高ければ溶けやすくなると考えられます。塩酸が炭酸カルシウムを溶解する場合は塩化カルシウムが生成されるであろうが、その溶解性は非常に高いので溶解性に優れていると考えます。酢酸が炭酸カルシウムを溶解する場合も酢酸カルシウムが生成すると考えますが、酢酸カルシウムも水溶性が高いのです。一方、硫酸に溶解した場合に生じるであろうと予想される硫酸カルシウムは殆ど水に溶けません。だから、硫酸ではカルシウム汚れを除去できないと考えればよいのです。
 これで、酸・アルカリ中和説ほどではなくても、多少はスッキリした気持ちになれるかもしれませんが、実はもっと複雑な要因があるため頭を悩ませます。それは、クエン酸を例にとれば分かりやすくなるでしょう。クエン酸はカルシウム汚れを溶解しやすいのですが、反応して生成するであろうと予想されるクエン酸カルシウムはきわめて水に溶けにくい性質があります。これが起因して、実際の家庭での水垢の処理において問題を生じる場合があります。
 クエン酸は一時的にはカルシウム汚れやマグネシウム汚れを溶解することができるのですが、そのまま放置すると水に溶けにくいクエン酸カルシウムに変化してしまい、かえって厄介な汚れになるのです。たとえば、シンクやガラスなどにクエン酸粉末をふりかけて、一晩放置してから水洗いをしようとすると、白いくもりができてしまってぜんぜん除去できないなどの事故が生じる場合があるようです。クエン酸を用いる場合は処理した後、速やかに水ですすぐということが大切です。個人的には、臭いを我慢して酢を用いるほうが好ましいと思います。

(4) 鉄さびに強い酸
 鉄さび汚れはオキシ水酸化鉄(V)と呼ばれる鉄の酸化物が主体の成分になっています。鉄には2価の鉄イオンFe(U)と3価の鉄イオンFe(V)がありますが、前者は水溶性が大きく、後者は水溶性に劣ります。一般には2価の鉄イオンとして水に溶解していますが、空気中の酸素に触れて酸化されると3価の鉄イオンになります。3価の鉄は赤っぽくなるので水周りでは赤錆ができやすくなります。特に少量の水がちょろちょろと流れる水周りや、或いは少量の水が流れる小川等では水の流れの部分が赤っぽく変色している場面に出くわすことがあります。これは、水中に溶解している2価の鉄が、空気中の酸素に触れて酸化され水に不溶性の3価の鉄になり析出したものと考えられます。
 これらの鉄さびに強い酸としては、塩酸、硝酸、シュウ酸、リン酸などが挙げられます。塩酸と硝酸は別として、カルシウム汚れの場合とメンバーがかなり入れ替わっています。酢酸やクエン酸等は鉄さびにはあまり向きません。一方でシュウ酸などはカルシウムに反応すると水に溶けにくい針状結晶で毒性のあるシュウ酸カルシウムに変化するのでカルシウム対策には使ってはいけません。
 鉄さび汚れは水道管内等の汚れが重要になるのですが、今のところ決め手となる酸洗浄剤は見当たりません。塩酸や硝酸は強酸なので取り扱いに注意が必要ですし、シュウ酸も劇物扱いです。リン酸は安全性において比較的優れていますが、リンの成分が水環境中では環境汚染物質としてみなされるので排液処理が大変です。リンは湖沼等の植物性プランクトンや藻類の重要な栄養素であるため、それが多く放出されると植物性プランクトンや藻類の大繁殖を招き、富栄養化という水環境汚染に繋がってしまうのです。
 なお、酸化作用で2価の鉄が3価になって水溶性が下がったのならば、酸化作用の逆の還元作用を利用すれば鉄の水溶性を高めて除去が可能になるのではないかとも考えられますね。実際、還元剤は鉄さび汚れ除去に用いられています。またシュウ酸は還元作用のある酸なので鉄さび汚れに強いのだとも考えられます。
 このように、色々と複雑な要素が絡み合っていて、非常にもどかしい思いはするのですが、単純に「アルカリの汚れだから酸で中和」という説明では対応できない奥深さを備えています。


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大矢 勝
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