【3】 アルカリで油を落とす仕組み (ver.20160513A)

  洗浄の「酸・アルカリ中和説」では、油は酸性汚れだからアルカリで中和すればよいと説明されます。この説、一部分は合っていますが大部分が間違っています。その間違いの元は「油は酸性の汚れ」という部分に起因します。


(1) 油の種類
  油と一言でいっても、実は様々な種類のものが存在します。洗浄の場合に重要なものとしては、@動植物油脂、A脂肪酸、B鉱油系炭化水素といったものが挙げられるでしょう。
@ 動植物油脂
  てんぷら油やサラダ油、ラードやヘッドなどの動植物の油脂・脂肪分を指します。化学の世界ではトリグリセリドと呼ばれ、より正確にはトリアシルグリセロールと呼ばれます。洗浄関連では食品汚れの中の油汚れがこの部類に属します。健康関連の分野では、体内に存在するこの成分を中性脂肪と呼んでいます。酸性、アルカリ性の尺度で分類すると中性に属することになります。
A 脂肪酸
  脂肪酸は油脂が分解して生成される油性成分です。油脂は3つの脂肪酸と1つのグリセリンが結合したものです。この脂肪酸は皮脂汚れの中に多く含まれています。皮脂汚れの油成分の中の約1/3(非常に大雑把な見積もりですが)を脂肪酸が占めており、その他に約1/3がトリグリセリド、約1/3がコレステロールや炭化水素などの脂肪酸とトリグリセリド以外の油成分が占めていると考えて頂ければよいと思います。
B 鉱油系炭化水素
 炭素と水素から成る化合物を炭化水素と呼びますが、炭化水素汚れは機械油などの主成分です。主に石油から取り出されるもので、その性質は石油の性質を受け継いでおり、非常に水に混ざり合いにくいのが特徴です。化学的な反応も起きにくいので漂白剤も効きにくく、衣類に付着した場合ちょっと厄介な汚れになってしまいます。

(2)酸性の油は脂肪酸
  上記の中で、酸性汚れと言う事のできる汚れは脂肪酸だけです。脂肪酸はアルカリ成分と接触すると、直ちに石けんに変わってしまいます。現在流通している大部分の石けんはこの反応を利用して製造されていますが、この反応は中和反応と呼ばれます。よって、油汚れの中の脂肪酸汚れにアルカリを作用させると、脂肪酸は石けんに変わってしまいます。脂肪酸は水に溶けにくいのですが、石けんになると非常に水に溶けやすくなるため、簡単に除去できるようになります。たとえば、脂肪酸汚れには炭酸ナトリウムやセスキ炭酸ナトリウムは勿論のこと、重曹のような弱いアルカリ剤でも石けんに変わってしまい除去が容易になります。この脂肪酸をアルカリで除去するという操作は、まさに酸性の油汚れをアルカリで中和して除去するという説明に合致します。
  しかし、この脂肪酸汚れが含まれているのは皮脂汚れ程度です。油脂・脂肪汚れの中にも僅かに含まれてはいますが、量的に無視できる程度のものです。台所の油汚れとして問題になる食用油には殆ど含まれていないと考えたほうが妥当です。
 洗浄の「酸・アルカリ中和説」での油汚れといえば、主として台所の食用油等が対象としてよく取り上げられていますが、これらは中和反応で落ちる油ではないのです。中和反応とそうではないものとの違いですが、酸をアルカリで中和してやる反応であれば、弱いアルカリでも量的に十分なアルカリを作用させれば反応が進みます。しかし、中和ではない反応の場合、弱いアルカリでは反応が起こらず、反応を進めるためには強いアルカリが必要だといった場面があるのです。

(3)油脂・脂肪汚れの除去
 動植物油脂であるトリグリセリドに対するアルカリの効果は脂肪酸に対する中和反応とは大きく異なるものとなります。具体的には、アルカリの中でも、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの強いアルカリ剤では反応が進みますが、重曹やセスキ炭酸ソーダなどの弱いアルカリ剤では反応がほとんど進みません。トリグリセリドにはエステル結合と呼ばれる部分があるのですが、強いアルカリを作用させると、この結合が切れて加水分解と呼ばれる反応が進むのです。
 水酸化ナトリウム等の強いアルカリを動植物油脂に反応させると、石けんとグリセリンが生成されますが、この時の化学反応はケン化(鹸化)と呼ばれるものです。石けん製造のための古くから存在する技術ですが、エネルギー効率の悪さから、最近では中和法が主流になっています。
 強いアルカリ洗剤の主な目的の一つが、しつこい油汚れをこのケン化反応を利用して除去しようというものです。古くなった油汚れは、油同士が横つながりの結合が生じてしまい、かたくなって除去が困難になりますが、内部に存在するエステル結合を強アルカリで切断してやると簡単に除去できるようになります。
 実際、トリグリセリドは強い酸性条件下でも分解されます。エステル結合の中の炭素に、電子対を有していない空の軌道があります。つまり、トリグリセリドは酸・塩基反応のルイス酸として作用する構造を持っています。強いアルカリ性条件下では、水酸化物イオンが電子対を与えるルイス塩基として作用し、酸塩基反応が進行することになってケン化が進みます。一方、強い酸性条件化では水分子が電子対を与えるルイス塩基として作用します。但し、酸性条件下ではエステル結合が分解する反応とエステル結合が形成される反応のどちらもが起こり得るので、たっぷりの水分子を供給してやることによって分解の反応が進むことになります。
 いずれにしましても、油脂・脂肪(トリグリセリド)は強いアルカリによって分解されますが、これは中和反応ではありません。また油脂・脂肪自体も酸性の物質ではありません。この背景を知っておくと、弱いアルカリである重曹には油脂汚れを除去する力が非常に弱い点等を理解することができます。

(4) 炭化水素系汚れにはアルカリの効果は期待できない
 鉱油系の炭化水素汚れにはアルカリ剤の効果は殆ど期待できません。鉱油系汚れの除去にはベンジンなどの有機溶剤を用いるか、或いは界面活性剤を濃度の高い状態で用いてやるなどの対処法が求められます。もともと「酸・アルカリ中和説」の油汚れには含まれていないのかもしれませんが、油の中にも酸やアルカリの効果が期待できない油汚れもあるのだということは知っておく必要があるでしょう。
 また、炭化水素汚れは除去しにくい汚れだと言いましたが、実はケースバイケースで状況は大きく変わります。機械油といってもサラサラタイプの油が硬質表面に付着している場合、水のスプレーだけでも結構効率よく除去することが可能です。衣類に付着したサラサラの機械油も、素材が木綿やレーヨンなどであれば濃い洗剤を付けて揉んでやると比較的簡単に除去できます。
 但し、グリース状になると非常に厄介な汚れになります。グリースは鉱油と金属石けん(石けんとカルシウムイオンを反応させたもの)を混合したもの等が良く用いられていますが、これには水系洗浄ではお手上げ状態になります。界面活性剤を使っても除去は困難です。有機溶剤+機械力で除去する等の手段が求められますが、当然これらの汚れにアルカリ剤や酸剤は効果が期待できません。

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大矢 勝
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